【幸せになる勇気】今更ながら読んでみた~嫌われる勇気の続編~自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ

読書
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こんにちは、ハナメガネです。

以前、下記記事「【アドラー心理学】~「嫌われる勇気」を4年ぶりに再読してみた感想と内容・概略~」を書きましたが、この本には続編が発行されています。

 

【アドラー心理学】~「嫌われる勇気」を4年ぶりに再読してみた感想と内容・概略~
ハナメガネです。 最近、ブログの記事のネタとして購入した本を再読して記事にしています。ついこの間下記本の記事を書いた際に、本の中で「嫌われる勇気」のことが出てくるのですが、内容を思い出そうとしても、明確に思い出すことができません。 ...

 

「嫌われる勇気」は2013年12月13日初版ですが、その続編として「幸せになる勇気」が2016年2月25日に発行されています。

「嫌われる勇気」もアドラー心理学を哲人と青年の対話により、わかりやすく説いてくれる本でした。そして今回、教師となった青年が再度哲人のもとを訪れ、「アドラーはペテンであり、そのアドラーを打ち捨てる」べく訪問してくるところから始まります。

 

この青年、またこのテンションで話してくんのねw

 

前作もそうですが、この青年の口調とテンションが「こんなやついないだろう」というような感じで非常に特徴的(あまり好きではないw)であり、本の帯の裏面には「青年の毒舌ベスト3」なるランキングまで記載され、ちょっとした人気になっているのかな?

ともあれ、初版からすでに4年以上たっていますが、「嫌われる勇気」の続編として発行されていたのは知っていたので、いつかは読んでみたいと思っていました。

今更ですが購入して読んでみましたので、その感想などを書いてみたいと思います。

 

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幸せになる勇気 概要

「幸せになる勇気」は大きく5部に分かれており、それぞれ

  • 第1部 悪いあの人 かわいそうなわたし
  • 第2部 なぜ「賞罰」を否定するのか
  • 第3部 競争原理から協力原理へ
  • 第4部 与えよ さらば与えられん
  • 第5部 愛する人生を選べ

となっています。

本書はアルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を青年と哲人との物語形式を用いてまとめた「勇気の二部作」完結編となります。

前作「嫌われる勇気」にて示された道を、私たちは具体的にどのように歩んでいけばいいのか?アドラー心理学をどう実践していけばいいのか?そして、幸せに生きるために誰もがなさなければならない「人生最大の選択」とは一体何なのか?

というような内容になっています。

こういった本は1度読むだけでは私はなかなか理解できないので、何度か繰り返し読むのですが、重要な個所は太文字で記載されていますので、そこだけ読んでいくだけでも良い感じで振り返りができると思います。

なんか教科書みたいですね。

 

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この本を読んで気づいた点

やっぱり課題の分離はいい

アドラー心理学には、「課題の分離」という考え方があります。人生のあらゆる物事について、「これは誰の課題なのか?」という観点から「自分の課題」と「他者の課題」を切り分けて考えることです。これは「嫌われる勇気」にも説かれていたことですが、この考え方は私自身非常に生きやすくなったと感じています。

本書にも、振り返りとして最初のほうのページでてきます。

「あなたは他者の期待を満たすために生きているのではない。」

「他社もまた、あなたの期待を満たすために生きているのではない。」

私は自分と他者を比べてしまう悪い癖がありましたが、この考え方によって幾分か救われた気がしています。

 

叱ってはいけない、ほめてもいけない?

アドラーは賞罰を禁じるとありました。最初はなぜ?とおもっていましたが、「5つの段階の人間の問題行動」が非常に興味深かったです。自分は小学校から高校までずっと父親に対して長い反抗期であったため、自分自身がその当時第3段階である「権力争い」「不従順」の状態であったことがわかりました。

私は3人兄弟の長男で、出来のいい弟たちといつも比べられて育ってきたため、親を拒絶することにより自らの「力」を証明しようとしていたことが理解でき、それはやはり賞罰が行き過ぎた教育により競争原理を生んでしまうということではないでしょうか?

一人っ子より、兄弟が多いほうがより悪い方に行ってしまうかもしれませんね。

尊敬について

本書では重要なキーワードとして「尊敬」とあります。「他者への関心事」に関心を寄せるとありました。これは、日本でも道徳などで「人の気持ちになって考える」ということなのかもしれませんが、アドラーは「まずは、「もしもわたしがこの人と同じ種類の心と人生を持っていたら?」と考える」とあります。

つまり、自分が彼と同じ年齢で、彼と同じ家族に暮らし、彼と同じ仲間に囲まれ、彼と同じ興味や関心を持っていたらと考えることです。これが「共感」であり、他者に寄り添うときの技術であり、態度なのです。

私は友人と呼べるような人はいません。これは、私が上記のような他者を「尊敬」することができないからだと感じました。相手は私の事を友人と思ってくれている可能性はあるのですが、私がどうしてもそう思えず、その態度が薄情と思われたりすることも今までの人生であったと思います。

正直、どんな相手であっても無条件で尊敬・信じろと言われても、ちょっと納得がいきません。

しかし、本書では、

あなたが私を信じようと信じまいと、私はあなたを信じる。信じ続ける。

われわれ人間はわかりあえない存在だからこそ、信じるしかないのです。

とあり、

われわれは他者を愛することによってのみ、自己中心性から解放されます。他者を愛することによってのみ、自立を成しえます。そして他者を愛することによってのみ、共同体感覚にたどり着くのです。

自分の嫌いな人まで無条件で尊敬することは、たしかに非常に勇気がいることで到底決断できそうにありません。このあたりの理解がまだできていないと思うので、今後も何度か読んで考えを改められるか試みたいです。

 

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今後私はこうしたい

アドラー心理学について、すべてを受け入れること(特に尊敬について)はまだ難しいですが、非常に興味深い哲学であると思います。青年と哲人との対話で物語が進むのは、非常に読みやすいし理解もしやすいと思います。

前作もそうですが、ものすごい衝撃を受けるような心の変化はありません。今回の尊敬に関しては、受け入れることは今は難しいですが、本書にもあるように

まずは目の前の人に、尊敬を寄せる。目の前の人と仲間になる。そうした日々の信頼の積み重ねが、いつか国家間の争いさえもなくしていくのです。

と、決意する勇気と行動の積み重ねが必要なんですね。

 

今後も心が疲れた時などに前作含め読み直し、その時さらに理解を深めていきたいと思います。さらに幸せに、人生を楽しくすごせるように。

それでは今日はこの辺で。


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